little treat


 ぱたぱたと基地内を駆ける軽快な足音をキャッチしたマイスターは、メインルームを横切ろうとしたを呼び止めた。

「」

「?…はい、マイスター」

 くるくると良く動くアイセンサーをマイスターに向けて、は彼を見上げた。人好きのしそうな柔らかい微笑が、 その顔に浮かべられている。

「いま、いいかい」

「はい!

 元気よく返事をして、は集音器の感度を上げた。上官命令は聞き漏らすことがあってはならないから、しっかり 聞いてメモリーにも残さなければ。

「ひとつ頼まれて欲しいんだ」

「なに、ですか?」

 使い慣れない敬語をたどたどしく用いるに、マイスターは相貌を崩して、まあるい頭を二三度撫でた。びっくり した彼女が、おっかなびっくり自分を見上げる。

「そんなにビックリしたかい?なにも食っちまおうってワケじゃあないよ」

「あ、はい」

 マイスターに再び頭を撫でられて、はくすぐったそうに身をよじった。

「よしよし。では君、キミに任務を与える」

 妙に芝居がかった動作で人差し指を立てると、マイスターはパネルの上に置いてあった黒い箱を掴んだ。

「これには大切なマイクロチップが入ってる」

 マイスターはに箱を手渡すと、きゅっと唇を結び、しごく真面目そうな顔を作った。

「これをパーセプターに渡すんだ。できるかい?」

 は力強く頷いて、できます、と答えた。

「よし。では君、頼んだよ」

 びしっと敬礼を一つ。も倣って返すと、すぐにくるりと方向転換して走りだした。

「!」

「はい!

「急ぎすぎて転ばないようにね」

 はあい、と返事をしたに、マイスターは手を振った。

***

「パーセプター、いる?」

 パーセプターのラボはドアが開かれていたが、すぐに彼の姿を見つけることができずに、は一声掛けた。

「誰だい……ん、か。私に何か御用かな」

 両手に用途のわからない道具を持って、奥から出てきたパーセプターは、入り給え、とを促した。

 そろそろと近づいてくる彼女に苦笑しながら、パーセプターはコンソールの前にある椅子に腰掛けた。

「キミも座って」

 椅子を勧められて座りかけたは、すぐに背筋を伸ばして立ち上がった。

「?」

「は任務しにきたの」

「任務?」

「うん、ううん、はい」

 アイセンサーをくるくる動かして、は掴んでいる箱を見た。

「それかい?」

「はい。これ、マイスター副官にたのまれた…ました」

 言い直しながら差し出された箱を受け取り、パーセプターはくすりと微笑んだ。ラチェットの助手であるこの小さなサイ バトロンの頑張っている姿は、可愛いの一言に尽きる。

 ラチェットがえらくお気に入りで、構い過ぎのきらいがあることは周知の事実だが、こんな愛嬌を振りまかれては、仕方 ないとすら思えてくる。
 まっすぐに伸ばされた腕の先にある小さな手のひら。しなやかなその手に乗った箱を取る時、パーセプターの手がそろり と触れて、はびくっと肩を揺らした。普段のスキンシップの多さを見ていると、これぐらいで驚くような子だった だろうか、とパーセプターは疑問符を飛ばしながら彼女を見た。すると、はどうやら”任務”を果たそうとえらく
緊張しているらしかった。

「マイスターがわたしに?」

 箱を開き、中を覗いたパーセプターは、ああアレかと一人ごちて、マイクロチップを取り出した。自分の一挙一動を
のアイセンサーが追っているのが分かり、パーセプターはむず痒いものを感じつつも、にこりと彼女に笑いかけた。

「、ありがとう。これは大事なものなんだ」

「、ちゃんと渡せた」

 ほっと緊張がほぐれたのか、はいつも通りの無防備な笑顔――この表現はブロードキャストあたりが前に使って いた――を見せた。

「ああ、任務完了だね」

 よしよしとパーセプターはの頭を撫でてやると、ふにゃりと笑ってアイセンサーを細めた。ああ、なんて可愛いん だろうか。その小さな体をぎゅっと抱きしめてやりたいぐらいに。

(そんなことはできないが)

 別に彼女に対してそういう感情を抱いているわけでは無く、ただただ子どものようなが可愛いというだけの理由なの
だが、もしラチェットなんかに見つかったら何をされるか分かったものではない。

「ご苦労さま」

 はにこにこしながら敬礼を一つして、ラボを足早に去ろうとする。パーセプターはその背中を見つめていたが、ふと 大事なことに気づいて呼び止めた。

「あ、!」

 くるりと振り返ったが、不思議そうにこちらを見つめている。

「なに?パーセプター」

「任務はまだ完了してないよ」

「?」

「任務はね、仕事を上官に報告し終わって始めて終了だ。だから、マイスターにきちんと報告するんだよ」

 はハッとした表情で口もとに手を当てて、すぐにこくこくと頷いた。

「う…はい!ちゃんとホウコクします!」

 踵を揃えてもう一度敬礼をすると、はばたばたと走っていった。

「転ばないかな…」

 小柄なサイバトロンの後姿を見ながらパーセプターはくすりと笑って、マイクロチップの解析を始めた。

***

「マイスター!マイスター副官!」

 ばたばたと駆けて来たをマイスターはにこやかに迎え入れた。

「おや、。任務は終了したかい」

「まだです!」

「?」

 マイスターはの手にマイクロチップの入った箱が無いことを確認して、「パーセプターには渡せたのかな」と聞いた。

「はい!渡しました」

「じゃあ、任務は終わったね」

「まだ。パーセプターが、任務は上官にホウコクしたら終わりって」

 きらきらとアイセンサーを輝かせながら、はマイスターを見上げた。マイスターはふむと顎に手を当てて、そうかと
呟いた。

「それはいいことを聞いたね。。そうだ、私に報告して初めて終わりだね」

「うん、あ、はい。、ホウコクします!」

「ああ、分かった。では君の報告を聞こうじゃないか」

 マイスターは腕を組んでに近づくと、彼女はまっすぐ自分を見つめてきた。「えと、、ホウコクします」

「パーセプターに黒い箱を渡して、パーセプターはマイクロチップを出して、ありがとうって言いました」

「そうかそうか」

「あ、あと、パーセプターは褒めてくれた」

「ほう。褒めてくれたか」

「うん、よしよしって」

 にっこりが笑うと、マイスターはあの偏屈な彼もこの笑顔には勝てなかったか、と自分の手が伸びるのを棚に上げて 思った。

「こんな風にだね」

 マイスターが彼女の頭を撫でると、は嬉しそうに頷いた。

「よし。君の任務は完了だ。よく頑張った」

「はい!」

「では、頑張った君にはご褒美をあげよう」

 マイスターは腰に手を当てて、ゴホウビ?と不思議そうな顔をしているを見つめた。

「そう。ご褒美」

 ちょんと鼻を突っつかれて、はぴくっと体を揺らす。「さあ、目を瞑って」

 目を瞑る――アイセンサーを閉じたとしても、視覚からの情報がすべて途絶えてしまう訳ではない。あらゆるセンサーが 対象物の情報をキャッチしてブレインサーキットに情報を送り込んでくるから、目を瞑る、という表現はトランスフォーマー である彼らにとってはとても曖昧なものだ。

「感覚器のセンサーはちゃんと働かせておくんだよ」

 つまり、視覚的な情報を取り入れるセンサーは全て切れ、ということらしい。は急いでブレインサーキットから
各センサーに命令を送り、マイスターの言うとおり”目を瞑った”

「はい、つむった」

「ではご褒美だ」

 アイセンサーをぴったり閉じて、きゅっと唇を結んだの顔に、マイスターはゆっくり自分の顔を近づける。つるんと したヘッドギア、ぴょこんと飛び出た聴覚器官、すっと伸びた鼻筋、大きなアイセンサー、丸い輪郭。はとにかく 可愛らしい、を寄せ集めたような容姿をしている。ミニボットでもないのに小柄に作られた体や、もっぱら看護に努める ようにデザインされた機能。火力なんてものは――きっと自分が知らないだけで、あるのだろうけれど――ほとんど持って いないように見受けられる。
 サイバトロンは戦うための生命体ではないから、ある意味理想的な看護員の姿なのかもしれない。しかし、マイスターは 彼女をデザインしたとどこかで聞いた…ラチェットのことを思い浮かべると、どうやらそれだけでは無いような気がしてなら ない。彼があんなにもこの子を可愛がり、決して離そうとはしない理由は何なのだろう。はいつから彼の横にいるの だろう。
 マイスターは疑問ばかりが頭の中を駆け巡り、鼻先がくっ付きそうな距離でぴたりと固まっていたことに気づいた。

「………」

 いけない、とマイスターは気を取り直して彼女の顔を見つめる。今は任務を完遂した彼女にご褒美をあげなければ。

 マイスターは彼女の小さな額にそっと唇を寄せて、軽く口付けた。するとその瞬間、のアイセンサーが音を立てて
開き、びくっと肩を震わせて、びっくりした顔でこちらを見つめてきた。

「!」

「はい、ご褒美は終わり」

 はマイスターに触れられた額にそろそろと指を這わせて、ぱちぱちとアイセンサーを瞬かせながら、ゴホウビと 反芻した。何が起こったのかわからずに、きょとんとしてる彼女の顔はどうも庇護欲を掻きたてる。

「これ、ゴホウビ?」

 ゴホウビ、とはなにやら考えているようだったが、すぐに顔を上げて「じゃあもしていいの?」と聞いてきた。

「だれに?」

「みんなに」

 マイスターは思わず笑ってしまって、のきょとんとした顔を再び見ることになった。が基地内の皆にあまねく ”ゴホウビ”を与えて回ったりしたら、さぞ軍医殿は度肝を抜かれることだろう。そうなれば、しばらくは退屈せずに済み そうだ。

「構わないよ。でもね、私が君に教えてあげたってことはヒミツだ」

「ヒミツ」

「そう。約束できるかい?」

 もしばれてしまったとしても、なんとか逃げることはできるからマイスターとしては構わない。しかし、回避できるならば できる限りの手を打っておきたい。

「うん。約束する」

「じゃあ誓いをしようか」

「?」

 マイスターは右手での手を取って、左手の小指を立てた。

「、こんな風に小指を立ててごらん」

「小指?こう?」

 の小さな手がマイスターの左手と同じ形を取る。マイスターはニッと笑って、自分の小指と彼女の小指を絡ませた。

「Pinky promise!」

「?」

 絡んだ指とマイスターの笑顔を見比べていたは、きょとんとした顔で「ぴんきーぷろみす」と反芻した。

「スパイクに教えてもらってね、約束の誓いを立てるときに人間が使うそうだよ」

「約束」

「そう。さっきの約束、守ってくれるね」

 絡ませていた小指を解いて、マイスターはの頭をひと撫でした。はしばらく小指を見つめていたが、すぐに 「これも皆としていい?」と聞いてきたので、マイスターは微笑みながらこくりと頷いた。
 





***後書き***

副官はかわいいこにちょっかい掛けたり、いらんこと教えるのが好きそうです。

ご褒美のキスは、アメリカのスキンシップを考えて親子間ではフツーにやってそうだったので、その程度の軽さで書きました。
マイスターもパーセプターもかわいい妹ぐらいの扱いで。
このヒロインに対して妄想(笑)してるのはラチェットぐらいのもんです。あとデストロンとか。

そして脇役がパーセプターなのは私の趣味。これの続編にあたるヤツがプロールなんですが、どうも私はマイナー嗜好なんですよねえ…


最後のピンキープロミスのくだりは完全にオマケなんですが、そもアメリカに指きりがあるのか……と久しぶりに夢書きで調べ物しました。